2011/07/09

ウガンダ旅行②

こんにちは。



突然ですが、問題。



赤道ってどんな色しているでしょうか?













正解は。














黄色でした!!



赤じゃない黄色だったんですね。



え??ですよ。ほんと。



それも、ちゃんとお店まで線が伸びてました(笑)



そう、首都カンパラより赤道を目指しました。



ウガンダは赤道直下にありますが、この赤道直下にある国は、全世界で16カ国。



日本はもちろん赤道直下にはないですね。



この赤道直下では、昼の長さとよるの長さが一年を通じて12時間。



さらに。



水は、北半球では左回りに渦をつくって流れて行き、南半球では、右巻きに渦をつくって流れて行くそうです。



それなら赤道上ではどうなるか!!



上の写真、赤道の線上に「Do you know?」と看板があって、その上に桶があります。



そうです、水の流れをみる実験ができます。



答えは、、、、












ぜひぜひ、赤道を訪れた時にどうぞ試してみてください!



え??ってなりますよね。



実は僕たちが赤道を目指したのは、その赤道上でビール飲んだら一味違うだろってことで、目指して、、、



全く実験する気ゼロでした。



だから、どうなるのかわからなくて。



やっておけばよかったです。



とりあえず、

















赤道でカンパイ!!






2011/07/01

偉大なひと


ばあちゃんのことを書いて、



じいちゃんのことも書きたくなった。



この日記見てくれてるかな。



今、リハビリ奮闘中。頑張っている!



じいちゃんは僕にとって、憧れであり決して超えられない壁だ。



とってもおっきくて優しい。全てを受け入れてくれる。



僕が高校生の時、留学したいと言って、誰よりも賛成してくれたのがじいちゃんだった。



それで親父は、じいちゃんに怒ったらしい。



親父としては、僕が野球を日本で続けて欲しかったのだと思う。



野球はその当時、全てだったからね。



じいちゃんは、いつも、僕の味方でいてくれる。



それがどれだけ勇気つけられるか、前に進んでいけるか。



僕もそんな大きなひとになれたらと思う。



僕が小さい時、じいちゃんは議員さんだった。



毎晩のようにお客さんが来て、政治の話をしていた気がする。



今は引退してしまったけれど、時々、先生と言われているのを聞くと、議員さんだったんだと思った。



中学生の頃に、北朝鮮のミサイル発射の報道を見ていた時、その発射の裏に隠された意図を説明してくれた。



天安門事件当時、中国へ行った話もしてくれた。



日本が消費税導入前にアメリカへ視察した時の話もしてくれた。



外国が遠い世界だった中学生だった頃、限りなく世界を近づけてくれた。



幸か不幸か、僕がこうしてアフリカにいるのも、じいちゃんの影響は大きい。



こうして世界に飛び出して仕事できる喜びはかみしめてる。



じいちゃん、そして家族の支えあってこそだ。



どうもありがとう。



これもじいちゃんの影響かな。



なぜか政治の世界に妙に惹かれてしまう。



きっと、じいちゃんを間近で見て来た親父は、きっと反対するだろうけど。



何十年後かに故郷、福島のため、日本のために身を置くのも悪くないと思う。



日本に帰ったら、またいろいろ教えてください!



じいちゃんの元気な姿を楽しみにしています。


ばあちゃん


前回の投稿から3週間が経った。



いろいろあった。



ちょうど、三週間前にばあちゃんの訃報に接した。



突然のことで、実感がわかなかった。



こんな時、ルワンダと日本は遠い。



遠すぎる。



すぐに駆けつけることが出来ない。



ばあちゃんは、昔、学校の先生をしていた。



先生だったんだと、ふと思った。



僕が物心ついたときは、先生というよりばあちゃんだった。



当たり前か。どんな先生だったんだろう?



ばあちゃんの家に行くと、いつも思うことがあった。



母親の作る料理と味付けがそっくりだってこと。



ルーツはばあちゃん。



そうして家庭の料理は受け継がれて行くのかな。



ばあちゃんと母親が台所で並んで料理作るところ。



なんだか微笑ましかった。



ばあちゃんの家を後にするときは、決まって堅く握手してた。



何度も、温かい手で。



小さい頃から気が付けばしていたように思う。



だからか、ばあちゃんが旅立つ時。



あの夜、寝ているそば、僕の手が誰かに握られたようにとても温かいものを感じた。



ばあちゃんが挨拶しに来てくれたのだと思った。



どうもありがとう、ばあちゃん。



また、夢枕で会いましょう!!

2011/06/06

ウガンダ旅行①

こんにちは。お元気ですか?




御無沙汰してましたね。




実は5月末から10日間ウガンダへ渡っていました。ルワンダ隊員4人。






ウガンダは、ルワンダの北部に位置していて、飛行機で約40分のところにあります。







飛行機で行くとあっという間!!







機内でビールの2本目のお代わりをしようとしていた矢先、すぐに着陸態勢に入っていました。



ウガンダの空港では、同時期にアフリカへと赴任した友人千田くんがお迎えに来てくれました。







久しぶりの再会に感動。




それでも1年ぶりの再会を感じさせない、つい先日別れたような不思議な感覚でした。




平日にもかかわらず、本当にありがとう。




彼がウガンダでの日程をアレンジしてくれました。




空港のあるエンテベから首都カンパラへ向かいます。




道中、初めてアフリカの地を訪れた時のように見るモノすべてに興奮!!




お隣の国なのにどことなく雰囲気が違います。ゴミが道端のあちこちに、アフリカな感じです。







ルワンダは、見た目を良く気にするのか、人目の付く道端にはゴミがあまり落ちてないのとは対照的でした。




それにしても首都カンパラは大きかったですね。













高層ビルが立ち並び、大型ショッピングモールがあったりとおまけにボーリング場やゲームセンターまで。







ルワンダとは趣がかなり違ってました。




この日は、ウガンダの青年海外協力隊が首都に上がって来たとき、宿泊するドミトリーにお邪魔してきました。







隊員が100人ほどになると、こうした宿泊施設が必要になるんでしょうね。







ルワンダは、まだまだ規模が小さいのでドミトリーはないです。




このドミトリーで宿泊中の隊員と一緒に夕飯を作って頂きました!!唐揚げとご飯。いやーおいしかったなぁ。







そして、メインのウガンダビールを10種類飲み比べ。種類の多さにびっくりです。他にも地産のリキュールやウォッカを試飲。




その後は、カジノへとくり出します。







ルーレット、ブラックジャック、ポーカーやスロットがあり、平日の深夜にもかかわらず、ウガンダ人、中国人、欧米人、インド人がカジノに白熱していました。




気が付いた時には、午前4時を回って、僕を含め一緒に行った3人だけになっていましたね。




ウガンダ1日目からかなりハードな一日になってしまいました笑)




さてさて、この先どうなることか。




つづく

2011/05/16

ルワンダの同僚

こんにちは、お元気ですか?



最近の週末は興奮と緊張に包まれながら過ごしています。



昨日も東京競馬場を駆け抜けましたね。そう、競馬。先月から最高峰のレースが毎週開催れています。



岡Bさん、○ちゃめちゃん、競馬の調子はいかがですか?



ここルワンダに来る前は、東京、中山も近く毎週のように競馬場に足を運んだものです。



さすがにルワンダではそうも行きませんね。



赴任した当初は、首都キガリで度々競馬の広告らしきものを発見したのもあって、競馬好きの同期と競馬場探し回りました。



まあね、残念ながら、なかったですが。。。



さて、今日は、ぼくの職場の人たちをご紹介します。



ルワンダはとても小さな国で福島県の二倍ほどの面積しかありません。



そのルワンダは大きく4つの県と首都キガリに分かれています。北部県、南部県、西部県、東部県。



そして、その県の下には、郡、セクター、セル、イミドゥグドゥと続きます。



郡がだいたい人口20万人前後。その下のセクターの人口が2万5000人前後。



JICAの技術協力プロジェクトでは、東部県のルワマガナ郡、カヨンザ郡、ンゴマ郡、キレへ郡の4郡(旧キブンゴ県)で業務を行っています。




その中で、僕は、カヨンザ郡のカバロンドセクター事務所で日本が設置した(無償資金協力)給水施設の維持管理の強化を担当しています。



ルワンダ国
東部県
カヨンザ郡
カバロンドセクター



こんな感じ。



セクター事務所は日本で言えば、市役所。





この事務所の農畜産行事、インフラ、鉱業担当職員とともに仕事を行います。







彼が担当職員のエリック。ルワンダ赴任以来、もっともお世話になっているルワンダ人です。良き仕事パートナーであり大切な友です。



ただ、彼は今年初めにカヨンザ郡の人事異動で他のセクター事務所へ異動になってしまいました。



異動が突然やって来て、とても寂しい気分になりました。何度泣いたことか。



と言っても、同じ郡内で給水関係の仕事でいまも一緒に仕事しているんですけどね。



そして、来月結婚式を迎えます。おめでとう、エリック!!







さて、かわりに異動して来たのが彼。エマニュエル。



誰が次の同僚となるのか不安だったのですが、カヨンザ郡内の他のセクター職員でもともと知り合いで安心しました。



今年初めに結婚したばかりのエマニュエル。



奥さんは首都キガリで仕事を持っているため、今は単身赴任中。



週末のみ首都に帰っていますが、奥さんが風邪を引いたりすると、仕事を休んで付きっ切りで看病。電話も毎日かけたり、優しい彼。


いまでは彼もエリックと同じ様に良きパートナーであり大切な友です。







最後に、ムテシ。カヨンザ郡庁の給水施設担当職員。郡庁唯一の水担当職員です。



少々のんびり屋さんで笑い方と笑顔が特徴的なムテシ。現在婚活中の彼女です。



先週、彼女が郡内の給水維持管理組合の技術者達へ水質調査法の研修を行いました。







彼女がスムーズかつ的確な研修が行えるようにサポートするのも仕事の一つです。



初めての水質調査法の研修でどうなるか不安でしたが、上手く乗り切ってくれました。






彼女も良きパートナーで大切な友人ですね。ムテシでした。



ではでは、また

2011/05/04

クロードくん

こんにちは。お元気ですか?







縁あって我が家でお手伝いしているクロードくん。


一つ屋根の下で寝食ともにして一年近くが経ち、お手伝いと呼ぶより家族そのもの。ここルワンダでは一番身近な存在だ。



はじめの頃は、お手伝い以外に街でバイクの修理もして実家の家計を助けてた。



でも、どうしても英語が話せるようになりたくて、最近、小学校に通い始めた。



20歳の彼は、学校ではおじさんなんて言われてるらしい。夕食、そんな会話をして、二人でゲラゲラ笑った。



特に食事にこだわりもなくルワンダ料理の毎日でも不自由しない。



それでも、日本の味が恋しくなって僕が日本料理を作ると、それを見て彼が挑戦する。



今ではカレーライス、チャーハン、野菜炒め、天ぷら、肉じゃがが日々の食卓を飾るようになった。



特に彼が作る天ぷらは格別。美味しい!!



彼も天ぷら相当気に入ったようで、度々夕食に登場する。今日も天ぷら。






夕飯後は、ビールを飲みながら 今日の出来事を話し合ったり、テレビを見て過ごす。







毎晩日課のキニヤルワンダ語のニュース番組、彼がわかりやすい言葉で説明してくれる。



ちょっとした家庭教師。



彼の実家は、ルワンダとタンザニアの国境近くにある。



彼は数ヶ月に一回、実家に帰ることがあるが、そのときの一人で過ごす家はガランとして何だか寂しい。



ほんとに家族そのもの。







我が家のクロードくん。

2011/05/01

元気のミナモト


みなさん、お元気ですか?



今日は、ルワンダの元気のミナモト。



そういえば、めざましテレビの元気のミナモトは今もやってるのかな。。。

















毎朝、職場までの道のりで必ず出会う子供たち。



中央の女の子、ガヒレは僕を見ると、どんな遠くからでも「ムニャカジ、ワラムツェ!!(ムニャカジ、おはよう!!)」って大きな声で朝の挨拶。



僕が「ワラムツェ(おはよう)」と返すと、



これまた大きな声で「イェゴー!!(よしっ!)」と返ってくる。



そのやり取りが「仕事がんばって」と励まされてるようでつい嬉しくなる。



毎朝の元気のミナモト。



それにしても子どもたち、ものすごくかわいいねぇ。