2011/06/06

ウガンダ旅行①

こんにちは。お元気ですか?




御無沙汰してましたね。




実は5月末から10日間ウガンダへ渡っていました。ルワンダ隊員4人。






ウガンダは、ルワンダの北部に位置していて、飛行機で約40分のところにあります。







飛行機で行くとあっという間!!







機内でビールの2本目のお代わりをしようとしていた矢先、すぐに着陸態勢に入っていました。



ウガンダの空港では、同時期にアフリカへと赴任した友人千田くんがお迎えに来てくれました。







久しぶりの再会に感動。




それでも1年ぶりの再会を感じさせない、つい先日別れたような不思議な感覚でした。




平日にもかかわらず、本当にありがとう。




彼がウガンダでの日程をアレンジしてくれました。




空港のあるエンテベから首都カンパラへ向かいます。




道中、初めてアフリカの地を訪れた時のように見るモノすべてに興奮!!




お隣の国なのにどことなく雰囲気が違います。ゴミが道端のあちこちに、アフリカな感じです。







ルワンダは、見た目を良く気にするのか、人目の付く道端にはゴミがあまり落ちてないのとは対照的でした。




それにしても首都カンパラは大きかったですね。













高層ビルが立ち並び、大型ショッピングモールがあったりとおまけにボーリング場やゲームセンターまで。







ルワンダとは趣がかなり違ってました。




この日は、ウガンダの青年海外協力隊が首都に上がって来たとき、宿泊するドミトリーにお邪魔してきました。







隊員が100人ほどになると、こうした宿泊施設が必要になるんでしょうね。







ルワンダは、まだまだ規模が小さいのでドミトリーはないです。




このドミトリーで宿泊中の隊員と一緒に夕飯を作って頂きました!!唐揚げとご飯。いやーおいしかったなぁ。







そして、メインのウガンダビールを10種類飲み比べ。種類の多さにびっくりです。他にも地産のリキュールやウォッカを試飲。




その後は、カジノへとくり出します。







ルーレット、ブラックジャック、ポーカーやスロットがあり、平日の深夜にもかかわらず、ウガンダ人、中国人、欧米人、インド人がカジノに白熱していました。




気が付いた時には、午前4時を回って、僕を含め一緒に行った3人だけになっていましたね。




ウガンダ1日目からかなりハードな一日になってしまいました笑)




さてさて、この先どうなることか。




つづく

2011/05/16

ルワンダの同僚

こんにちは、お元気ですか?



最近の週末は興奮と緊張に包まれながら過ごしています。



昨日も東京競馬場を駆け抜けましたね。そう、競馬。先月から最高峰のレースが毎週開催れています。



岡Bさん、○ちゃめちゃん、競馬の調子はいかがですか?



ここルワンダに来る前は、東京、中山も近く毎週のように競馬場に足を運んだものです。



さすがにルワンダではそうも行きませんね。



赴任した当初は、首都キガリで度々競馬の広告らしきものを発見したのもあって、競馬好きの同期と競馬場探し回りました。



まあね、残念ながら、なかったですが。。。



さて、今日は、ぼくの職場の人たちをご紹介します。



ルワンダはとても小さな国で福島県の二倍ほどの面積しかありません。



そのルワンダは大きく4つの県と首都キガリに分かれています。北部県、南部県、西部県、東部県。



そして、その県の下には、郡、セクター、セル、イミドゥグドゥと続きます。



郡がだいたい人口20万人前後。その下のセクターの人口が2万5000人前後。



JICAの技術協力プロジェクトでは、東部県のルワマガナ郡、カヨンザ郡、ンゴマ郡、キレへ郡の4郡(旧キブンゴ県)で業務を行っています。




その中で、僕は、カヨンザ郡のカバロンドセクター事務所で日本が設置した(無償資金協力)給水施設の維持管理の強化を担当しています。



ルワンダ国
東部県
カヨンザ郡
カバロンドセクター



こんな感じ。



セクター事務所は日本で言えば、市役所。





この事務所の農畜産行事、インフラ、鉱業担当職員とともに仕事を行います。







彼が担当職員のエリック。ルワンダ赴任以来、もっともお世話になっているルワンダ人です。良き仕事パートナーであり大切な友です。



ただ、彼は今年初めにカヨンザ郡の人事異動で他のセクター事務所へ異動になってしまいました。



異動が突然やって来て、とても寂しい気分になりました。何度泣いたことか。



と言っても、同じ郡内で給水関係の仕事でいまも一緒に仕事しているんですけどね。



そして、来月結婚式を迎えます。おめでとう、エリック!!







さて、かわりに異動して来たのが彼。エマニュエル。



誰が次の同僚となるのか不安だったのですが、カヨンザ郡内の他のセクター職員でもともと知り合いで安心しました。



今年初めに結婚したばかりのエマニュエル。



奥さんは首都キガリで仕事を持っているため、今は単身赴任中。



週末のみ首都に帰っていますが、奥さんが風邪を引いたりすると、仕事を休んで付きっ切りで看病。電話も毎日かけたり、優しい彼。


いまでは彼もエリックと同じ様に良きパートナーであり大切な友です。







最後に、ムテシ。カヨンザ郡庁の給水施設担当職員。郡庁唯一の水担当職員です。



少々のんびり屋さんで笑い方と笑顔が特徴的なムテシ。現在婚活中の彼女です。



先週、彼女が郡内の給水維持管理組合の技術者達へ水質調査法の研修を行いました。







彼女がスムーズかつ的確な研修が行えるようにサポートするのも仕事の一つです。



初めての水質調査法の研修でどうなるか不安でしたが、上手く乗り切ってくれました。






彼女も良きパートナーで大切な友人ですね。ムテシでした。



ではでは、また

2011/05/04

クロードくん

こんにちは。お元気ですか?







縁あって我が家でお手伝いしているクロードくん。


一つ屋根の下で寝食ともにして一年近くが経ち、お手伝いと呼ぶより家族そのもの。ここルワンダでは一番身近な存在だ。



はじめの頃は、お手伝い以外に街でバイクの修理もして実家の家計を助けてた。



でも、どうしても英語が話せるようになりたくて、最近、小学校に通い始めた。



20歳の彼は、学校ではおじさんなんて言われてるらしい。夕食、そんな会話をして、二人でゲラゲラ笑った。



特に食事にこだわりもなくルワンダ料理の毎日でも不自由しない。



それでも、日本の味が恋しくなって僕が日本料理を作ると、それを見て彼が挑戦する。



今ではカレーライス、チャーハン、野菜炒め、天ぷら、肉じゃがが日々の食卓を飾るようになった。



特に彼が作る天ぷらは格別。美味しい!!



彼も天ぷら相当気に入ったようで、度々夕食に登場する。今日も天ぷら。






夕飯後は、ビールを飲みながら 今日の出来事を話し合ったり、テレビを見て過ごす。







毎晩日課のキニヤルワンダ語のニュース番組、彼がわかりやすい言葉で説明してくれる。



ちょっとした家庭教師。



彼の実家は、ルワンダとタンザニアの国境近くにある。



彼は数ヶ月に一回、実家に帰ることがあるが、そのときの一人で過ごす家はガランとして何だか寂しい。



ほんとに家族そのもの。







我が家のクロードくん。

2011/05/01

元気のミナモト


みなさん、お元気ですか?



今日は、ルワンダの元気のミナモト。



そういえば、めざましテレビの元気のミナモトは今もやってるのかな。。。

















毎朝、職場までの道のりで必ず出会う子供たち。



中央の女の子、ガヒレは僕を見ると、どんな遠くからでも「ムニャカジ、ワラムツェ!!(ムニャカジ、おはよう!!)」って大きな声で朝の挨拶。



僕が「ワラムツェ(おはよう)」と返すと、



これまた大きな声で「イェゴー!!(よしっ!)」と返ってくる。



そのやり取りが「仕事がんばって」と励まされてるようでつい嬉しくなる。



毎朝の元気のミナモト。



それにしても子どもたち、ものすごくかわいいねぇ。



2011/04/30

悲しい写真

みなさん、お元気ですか。



今日は前回の続き。楽しそうに踊っている写真が悲しい写真へを変わってしまったお話です。



あれは忘れもしない昨年末の出来事でした。



その日は週始めで朝は職場(日本でいう市役所)の全職員で会議をしました。



保健担当職員のバレンティーネは、「住民のなかでまだ健康保険料を払ってない人がたくさんいるから家庭訪問するわ」って張り切ってましたね。



そう、ルワンダにも健康保険ってあるんですよ。日本円でいえば年間数百円の保険料を払えば、一つの症状で30円程度で病院で見てもらうことができます。



ただ、それでも健康保険のことを理解していない人はまだまだ多く、保険料の支払いを拒む人が多いのも事実。



そこで、行政の保健担当職員、僕もそうですが、家庭訪問をして健康保険証の重要性を説明したりします。



僕はその日は、農業インフラ担当職員のエリックとハンドポンプの住民会議をする予定だったので、同行はしてませんでした。



家庭訪問すると、いろいろ見えて来ます。ルワンダを訪れたことがある人は、お気付きかもしれないですね。街にゴミってあまり落ちてなくて綺麗なんですよね。よく掃除する姿も見ます。ルワンダの人は掃除が好きなのだと思います。



でも、全てがそうとは限らないわけです。すごく汚いレストランのキッチン、埃だらけのベットに寝かされる子ども、ハエが沢山わいてる食器類、清掃の行き届いていないトイレ。綺麗な正面とは対照的なゴミが散乱した裏庭。他にもいろいろあります。



家庭訪問するたびに、そんな現実を突き付けられます。それを改善指導するのも保健担当職員の仕事であります。



話が逸れてしまいました。



あの日、いつも通りエリックと職場近くのレストランで食事をとった後、ハンドポンプのある村まで行こうとした矢先でした。



職場の警備員が血相かいて、「保健担当職員が撃たれた」って!



突然そんなこと告げられてもにわかに信じられないですよね。でも、警備員の顔を見たら、ただ事じゃないことは直ぐに分かりました。



報告では、腹部を撃たれて直ぐに病院へ搬送したと。



撃ち所が急所を外れていれば、助かる可能性はあると思いました。



望みを託して、エリックと共に外出している職員を事務所に呼び寄せました。事実を知るや嗚咽して泣き叫ぶ職員、その場で動けなくなる職員。



1時間後だったでしょうか。



最悪の結果が待っていました。



病院で息を引き取ったと。



犯人を憎んだのはもちろんでしたが、「途上国」の現実をこの時始めて憎みました。



医者がいる病院まで30分以上。



途中の道路は未舗装。



救急搬送の未整備。



田舎での自動車保持者割合、1パーセント未満。



日本であれば助かる命もここではそうは行きません。何度もその現実に直面してきましたが、この時ほど切実に実感したことはありませんでした。



ある助産師の隊員は、過酷な状況で毎週のように赤ちゃんの亡くなる現状を泣きながら説明してくれました。



治る、助かるのを前提とする日本の医療と違って、ここの医療は常に死と隣り合わせ。そんな気がします。特に村落では。



だからこそ、お見舞いがお祭りのように盛大にされるのも納得でしょう。



また話が逸れてしまいました。



犯人は、隣のルウィンハブという街で発砲事件を起こして逃げてきたそうです。そうとは知らず、保健担当のバレンティーネが、健康保険証の更新で個人IDの提示を求めたところ、身元がばれると思った犯人が発砲したようです。



犯人は、薬にも手を出していたようで、軍や警察に連行される犯人を間近で見ましたが、焦点があってない目、発狂している姿から容易に読み取れました。



バレンティーネには、双子の姉妹と兄弟の4人の子どもがいます。まだまだちっちゃい子どもたち。



お葬式当日、子供たちがある人を見るや思いっきりかけて行って、「お母さんが帰ってきた!!」って。



この町に現地の人も度々バレンティーネと間違えてしまうそっくりな人がいるのを僕は知っています。



そう、その人なんですね。周りがどんな雰囲気に包まれたかは想像できるかと思います。



本当に辛い出来事でした。



前回の日記の写真。僕の後ろで踊っている女性がバレンティーネ。この写真、一ヶ月後の出来事です。

2011/04/21

お見舞い

みなさん、こんにちは!久しぶりの投稿です。


ルワンダに来てから早いもので1年が経ちました。


早いですね。


町人にムズング~(白人)だのシノア~(中国人)だのと呼ばれ、ちょっと現地語キニヤルワンダで挨拶すれば、大いに受け、スター気分に浸っていたのも過去のこと。最近は、珍しがる人もめっきり減り、一抹の寂しさを感じている今日この頃です。


さて今回は、ルワンダのお見舞いについて素敵な一面を。


こちらルワンダの田舎では、病気になるとお見舞いに行くのが当たり前。


友人が風邪で寝込んでいると聞くと、「ムニャカジ(僕のルワンダ名)、見舞いに明日行くよ」とか、その家族に道端でばったり会うと、「ムニャカジ、いつ旦那の見舞いに来るの?」となります。


逆に患ったことを言わないでいると、「なんで言わなかったとの!!」とちょっぴり怒られます。


そして病気の重篤差に応じて、お見舞いもそれは豪勢になっていきます。


そんな昨年末、配属先の職員の旦那さんが破傷風に罹ってしまい一時は口もきけない寝たきりの状態になりました。


幸運にも完治したのですが、「起死回生」そうなると配属先の職員総出ですこしばかりカンパし合って、みんなでバスを貸し切り自宅がある隣の郡ルワマガナまで一時間ほど掛けてお見舞いに向かいます。


迎える方も数十人の食事と飲み物を用意して、まるでお祭り騒ぎ。


歌ったり、踊ったり、「治ってよかったね」と1人ひとり言い表す。


なんとも心温まる雰囲気に包まれました。


ただ、不思議なのは、旦那さん、首都のキガリでも治療不可と言われお隣の国ウガンダのカンパラでも同様のことを言われたにもかかわらず、教会の牧師が用意した水(この場合、聖水というのでしょうか)を一飲みするとスッと快方に向かったそう。


にわかに信じられないですが、何より治ってよかった!
















写真は、その時の様子。歌って踊って、お見舞いというよりお祭り??


実はこの写真、みんな楽しそうに写っていますが、この一ヶ月後、僕にとっては悲しい写真へと様変りしてしまいます。


その続きはまた。







2010/08/12

仕事のはなし その1

こんにちは。お元気ですか?


昨日に続いての投稿です。ルワンダに赴任して、4か月が経過しました。「で、現地で何の仕事しているの?」との問いが聞こえそうなので、今日は、現地での業務内容について。



そもそも、僕は、JICA(国際協力機構)に雇用されて、ここルワンダに派遣されているわけですが、派遣されるにはそれなりの理由があって派遣されてる。



その理由と業務内容が記されているのが、要請書と呼ばれるもの。この要請書に基づいて、僕はルワンダに派遣されました。そこには、ルワンダに派遣された理由と期待される具体的業務内容が書かれています。



要請理由
2007年より実施されているJICA技術協力プロジェクト「水・衛生改善計画プロジェクト」では、地域の給水事業運営維持管理体制能力と衛生に関わる啓発活動の実施体制を行っている。セクター事務所は・・・・・しかし、知識不足、人材不足が問題で効果的な活動が展開されていない。この問題を解決すべく、・・・・要請に至った。

業務内容
給水施設の維持管理に関し、助言を行う。
水衛生に関わる啓発活動を計画・運営・実施する。



ん~はっきり言って、要請書だけでは。何のことかあまりよく分からないですね。ということで、現場の写真を見ながらお話します。



ハンドポンプ①



子どもたちや女性たちがポリ容器に水を汲んでいますね。
2年前に日本の援助によって作られたハンドポンプです。
都市・地方都市では、上水道がほぼ整備されていますが、
村落の一部では、現在でもこうしてハンドポンプから給水しています。




援助の証として、看板が立てられています。



JICAは、上水道がいまだ整備されていない村落に安全な水を供給するためにこうしてハンドポンプを設置しています。まさに、国際協力、国際開発といって一番最初に思い浮かぶ「井戸掘り」です。



「それじゃ、井戸掘っているの?」と聞こえてきそうですが、残念ながら、僕は井戸は掘っていません。井戸掘りは、プロの掘削コンサルタントが行います。僕の仕事は、コンサルタントの人たちが井戸・ハンドポンプを設置した後なのです。



ハンドポンプ②



前の写真のハンドポンプ①と比べると、水を汲みに来ている人がいません。古ぼけていて、それに、ポンプの周りは雑草が生い茂っていますね。壊れてしまい使われなくなってから半年以上経過したハンドポンプです。



ハンドポンプの内部



実は最初のポンプと同じ時期に日本の援助によって設置した新しいポンプなのですが、すでに壊れて使えないただの鉄の塊になっています。壊れてしまっては、何の意味もありません。設置すれば、半永久的に使えるというわけにはいかないようです。



そう、定期的にポンプ内部のメンテナンスを行ったり、壊れた時には修理したりとポンプの維持管理の仕組みが必要なのです。



まぁ、僕がJICAから部品を調達して自分で修理するのが最も早い方法なのですが、それでは、任期を終えた後が問題になってしまいます。2番目のポンプのように壊れてしまったらそそまま。そうならないように、利用する住民自身が定期的にメンテナンスしたり、壊れた時には、部品・修理費を徴収して直したりするための組織もしくは組合が必要になるのです。



その住民組織、組合の立ち上げ、部品購入方法、維持管理、組織の運営方法を住民の代表や給水担当の行政とともに考えていくことが、まさに僕の仕事です。




文章すると、単純そうに見えますが、奥がかなり深く、数学の公式のように一つの解答があるわけではありません。住民組織の立ち上げだけ取ってみても、ハンドポンプの設置場所、利用者数、他の給水施設との距離、公共施設の有無などによってその立ち上げ方法、運営方法が変わってきます。それは部品購入方法それ以外にも言えます。



取りあえず、これが僕の仕事の概要です。
他にも、給水施設の水質調査なども行っていますが、それは後ほど。



さて、次回は、もう一つの業務、水衛生に関わる啓発活動。




水汲みを終えて、家路につく子どもたち
水の入った容器を抱えて、急斜面を苦もせずトコトコと登って行きます。