2011/04/30

悲しい写真

みなさん、お元気ですか。



今日は前回の続き。楽しそうに踊っている写真が悲しい写真へを変わってしまったお話です。



あれは忘れもしない昨年末の出来事でした。



その日は週始めで朝は職場(日本でいう市役所)の全職員で会議をしました。



保健担当職員のバレンティーネは、「住民のなかでまだ健康保険料を払ってない人がたくさんいるから家庭訪問するわ」って張り切ってましたね。



そう、ルワンダにも健康保険ってあるんですよ。日本円でいえば年間数百円の保険料を払えば、一つの症状で30円程度で病院で見てもらうことができます。



ただ、それでも健康保険のことを理解していない人はまだまだ多く、保険料の支払いを拒む人が多いのも事実。



そこで、行政の保健担当職員、僕もそうですが、家庭訪問をして健康保険証の重要性を説明したりします。



僕はその日は、農業インフラ担当職員のエリックとハンドポンプの住民会議をする予定だったので、同行はしてませんでした。



家庭訪問すると、いろいろ見えて来ます。ルワンダを訪れたことがある人は、お気付きかもしれないですね。街にゴミってあまり落ちてなくて綺麗なんですよね。よく掃除する姿も見ます。ルワンダの人は掃除が好きなのだと思います。



でも、全てがそうとは限らないわけです。すごく汚いレストランのキッチン、埃だらけのベットに寝かされる子ども、ハエが沢山わいてる食器類、清掃の行き届いていないトイレ。綺麗な正面とは対照的なゴミが散乱した裏庭。他にもいろいろあります。



家庭訪問するたびに、そんな現実を突き付けられます。それを改善指導するのも保健担当職員の仕事であります。



話が逸れてしまいました。



あの日、いつも通りエリックと職場近くのレストランで食事をとった後、ハンドポンプのある村まで行こうとした矢先でした。



職場の警備員が血相かいて、「保健担当職員が撃たれた」って!



突然そんなこと告げられてもにわかに信じられないですよね。でも、警備員の顔を見たら、ただ事じゃないことは直ぐに分かりました。



報告では、腹部を撃たれて直ぐに病院へ搬送したと。



撃ち所が急所を外れていれば、助かる可能性はあると思いました。



望みを託して、エリックと共に外出している職員を事務所に呼び寄せました。事実を知るや嗚咽して泣き叫ぶ職員、その場で動けなくなる職員。



1時間後だったでしょうか。



最悪の結果が待っていました。



病院で息を引き取ったと。



犯人を憎んだのはもちろんでしたが、「途上国」の現実をこの時始めて憎みました。



医者がいる病院まで30分以上。



途中の道路は未舗装。



救急搬送の未整備。



田舎での自動車保持者割合、1パーセント未満。



日本であれば助かる命もここではそうは行きません。何度もその現実に直面してきましたが、この時ほど切実に実感したことはありませんでした。



ある助産師の隊員は、過酷な状況で毎週のように赤ちゃんの亡くなる現状を泣きながら説明してくれました。



治る、助かるのを前提とする日本の医療と違って、ここの医療は常に死と隣り合わせ。そんな気がします。特に村落では。



だからこそ、お見舞いがお祭りのように盛大にされるのも納得でしょう。



また話が逸れてしまいました。



犯人は、隣のルウィンハブという街で発砲事件を起こして逃げてきたそうです。そうとは知らず、保健担当のバレンティーネが、健康保険証の更新で個人IDの提示を求めたところ、身元がばれると思った犯人が発砲したようです。



犯人は、薬にも手を出していたようで、軍や警察に連行される犯人を間近で見ましたが、焦点があってない目、発狂している姿から容易に読み取れました。



バレンティーネには、双子の姉妹と兄弟の4人の子どもがいます。まだまだちっちゃい子どもたち。



お葬式当日、子供たちがある人を見るや思いっきりかけて行って、「お母さんが帰ってきた!!」って。



この町に現地の人も度々バレンティーネと間違えてしまうそっくりな人がいるのを僕は知っています。



そう、その人なんですね。周りがどんな雰囲気に包まれたかは想像できるかと思います。



本当に辛い出来事でした。



前回の日記の写真。僕の後ろで踊っている女性がバレンティーネ。この写真、一ヶ月後の出来事です。

2011/04/21

お見舞い

みなさん、こんにちは!久しぶりの投稿です。


ルワンダに来てから早いもので1年が経ちました。


早いですね。


町人にムズング~(白人)だのシノア~(中国人)だのと呼ばれ、ちょっと現地語キニヤルワンダで挨拶すれば、大いに受け、スター気分に浸っていたのも過去のこと。最近は、珍しがる人もめっきり減り、一抹の寂しさを感じている今日この頃です。


さて今回は、ルワンダのお見舞いについて素敵な一面を。


こちらルワンダの田舎では、病気になるとお見舞いに行くのが当たり前。


友人が風邪で寝込んでいると聞くと、「ムニャカジ(僕のルワンダ名)、見舞いに明日行くよ」とか、その家族に道端でばったり会うと、「ムニャカジ、いつ旦那の見舞いに来るの?」となります。


逆に患ったことを言わないでいると、「なんで言わなかったとの!!」とちょっぴり怒られます。


そして病気の重篤差に応じて、お見舞いもそれは豪勢になっていきます。


そんな昨年末、配属先の職員の旦那さんが破傷風に罹ってしまい一時は口もきけない寝たきりの状態になりました。


幸運にも完治したのですが、「起死回生」そうなると配属先の職員総出ですこしばかりカンパし合って、みんなでバスを貸し切り自宅がある隣の郡ルワマガナまで一時間ほど掛けてお見舞いに向かいます。


迎える方も数十人の食事と飲み物を用意して、まるでお祭り騒ぎ。


歌ったり、踊ったり、「治ってよかったね」と1人ひとり言い表す。


なんとも心温まる雰囲気に包まれました。


ただ、不思議なのは、旦那さん、首都のキガリでも治療不可と言われお隣の国ウガンダのカンパラでも同様のことを言われたにもかかわらず、教会の牧師が用意した水(この場合、聖水というのでしょうか)を一飲みするとスッと快方に向かったそう。


にわかに信じられないですが、何より治ってよかった!
















写真は、その時の様子。歌って踊って、お見舞いというよりお祭り??


実はこの写真、みんな楽しそうに写っていますが、この一ヶ月後、僕にとっては悲しい写真へと様変りしてしまいます。


その続きはまた。