2011/10/31

期末テスト


先週の金曜日で学校の最終学期が終わりました。




ルワンダの学校は3学期に分かれています。




1月までお休み、そして新学期が始まります。




学期末には期末テストもあります。日本の学校と同じですね。




科目は、数学、英語、キニヤルワンダ語、科学、社会科の5つ。




そして、最終日の金曜日に成績発表がありました。




小学校5学年に通っているクロードもその日、学校で成績結果レポートを手渡されました。






結果は、、、、




学年で50人中2番。




今年の4月から改めて小学校に通いなおして、最初は英語ゼロだったクロード。




今では、文法も単語も覚えてそれなりに書けるようになりました。





そんな英語の結果は、120点中90点。




家に帰ってきて、誇らしげに成績表見せてくれました。





毎日、夜に勉強してきた結果かな。




ちなみに、ルワンダの教育ではすべて英語で教えるにことになっているので、算数、科学、社会科もすべて英語で教えます。もちろん試験も英語で答えます。




だから、英語力が元々ないと理解するのは難しいみたいです。毎晩分からないと言ってくるクロードに教えるのも一苦労。数学や英語は、キニヤルワンダ語で何とか説明できても、科学と社会科はとっても難しいです。




ある日の社会科では、民主主義について。




またある日は、男女平等について。




いやいや、さすがにそれを説明するだけのキニヤルワンダ語分かりませんよ。




教えるの疲れて、またかーなんて嫌になる日が何度もありましたけど、それでも教えた甲斐あったかな。


2011/10/28

あまほろ (平和)

3週間前に、ルワンダ西部、キブ湖のあるキブイエでキャンプをした。




首都キガリからバスを貸し切って出発。キブイエに行く道は、丘が険しくて、車酔いすることで有名。




今まで、2回ほどキブイエに行ったことあるけど、必ず、ルワンダ人車酔いして、吐いている。




ある時は、女性が車酔いして、これ以上、バスに乗り続けられなかったのか、何もない丘の上でバスに置き去りにされたことも。あれからどうやって、目的地に向かったのかは謎。置いてかれて可哀そうだったな。。。




でも、そんな不安をよそに、貸し切ったバスの中で買って置いたビールをシュポン!!みんなで飲む飲む。ただのバカでしょーと思いながら、何本も開けてしまった。




3時間ちょっと。(3時間も険しい道にゆられるんです!)




そうしてわいわい飲んでいる間、無事に着いたルワンダのリゾート地、キブイエ。




目の前に広がるキブ湖に大興奮。




そして、ボートを一台チャーターして、目的地のアマホロアイランドへ。




写真にあるのが、ナポレオンハットと呼ばれる島。ナポレオンが被っていた帽子に
そっくりな形をしているからそう名付けられたらしい。




20ほど揺られながら、アマホロアイランドに到着。雨季にも関わらず、快晴でついてる。





アマホロアイランドで、気心知れた仲間たちと





キブ湖名物サンバサ(ワカサギのような小魚)のフライに舌鼓をうったり、




1年半ぶりに湖で泳いだり、




湖に向かってジャンプしたり、





キャンプの定番、バーベキューしたり、




湖に沈む夕日をぼんやり眺めたり、




キャンプファイアーして、あんなことやこんなことをしてワイワイやって、ほんと楽しかった。




帰りの日も朝からビールを飲んで。




結局、はじめも終わりもお酒で終わったキャンプ。




ただただ、最高だった。




それにしてもキガリ到着時に、ある人が言った


「いやー酔っ払って車とか乗ると5分でキガリに着くんだね、早かったねー」


あの言葉は名言でした 笑




最高の思い出ができた。




2011/10/27

終わってない

こんにちは。お元気ですか?




ゴクゴクゴク!!
仕事後の一杯は身に染み渡りますね。




そんな仕事後に向かったのはお隣さん宅。
隣町で購入したお気に入りのウガンダ産チェリー酒を持参して。











右に座っている白のTシャツの人がお隣さんのジャンおじさん。




そして、左に座っているのがジャンおじさんの長年の知り合いのムニャチンディおじさん。




ジャンおじさんとは、週に一度こうして訪ねてはお酒をのみながら語り合ってる。




とにかく良く喋って、飲む。




でも、酔いが回って饒舌になると過去の話をしてくれる。




ルワンダの暗い過去の話。




「むにゃかじ、俺の親父は1973年に亡くなったんだ。その年にルワンダでクーデターが起きた。親父は近所の家を訪ねた時、突然やってきた民兵が家に火をつけて扉を塞いだんだ。親父は逃げ場を失って、その場で、手元にあったナタで首筋を刺して自殺したんだ。それと、母親は民兵にレイプされた。今でもはっきり覚えているよ。」




「1994年の時には、兄弟や親戚の多くを失った。俺は、幸運にも生き延びることができたんだ。でも、絶望から何度も自殺しようとした。死ねなかった。ずっと精神的にもおかしくなっていたよ。今でも、時々魘されることがあるんだ。」




いつもは、明るいジャンおじさん。そんな過去の話を聞くたびに、居た堪れない。




そして、ジャンおじさんは、自分に言い聞かせるように「昔は、ツチとかフツとか人々が別れていたけど、今は関係ない。なぁ、憎しみあっても何も解決しないよ」と言う。




自分に言い聞かせるように。でも、彼は、4月から7月のこの三ヶ月間は、ルワンダで過ごすことはない。必ずこの期間は海外で過ごしている。




そう、この4月から7月は1994年にジェノサイドが起こった期間だ。




そして、ジェノサイドの終わった7月を過ぎるとまたルワンダへと戻ってくる。




きっと、今だに受け入れることの出来ないものを沢山抱えているのだと思う。




日常でルワンダの暗い過去を意識することはない。




けれど、ジャンおじさんのように笑顔の裏に深い悲しみを抱えている人がこの国には沢山いるのを知っている。




ルワンダの悲しい歴史「ジェノサイド」




まだ、人々の心の中では終わってない。










2011/10/21

村人とともに③

こんにちは、お元気ですか。



前回は、ポンプの修理が出来なかったお話。



今回は、その続き。




NGOから機材を貸してもらうことができた。










分かりにくいかも知れないけど、リングの部分がパイプにはまって、落下したパイプが引っ張り出せる。




村人たちが早速試してみる。













落ちたパイプを取り出すことができた。




いい調子だ。




落ちたパイプを全て引き抜いて、改めて落下防止のロープをつけ直す。











外れたパイプ同士を接合する。











二つのパイプをつなぎ合わせるソケットとボンド











つなぎ合わせて。











接着するまで数分待つ。





そして、井戸の中にパイプを挿入し直す。












ここが緊張どこ。




一歩間違えると、パイプが折れてしまう。




枝でパイプを支えながらゆっくり慎重に挿入。











無事に挿入できた。




ここまで来れば大丈夫!!




最後にロッドをパイプの内側に入れる。













部品を全て取り付け直して、ポンプを動かす。




出るか。




数分経過。



この時が一番ドキドキする。




どうだ。












水が出たーーー!!




水の出る瞬間の村人の喜びよう、最も興奮する瞬間。




本当に。嬉しいの一言に尽きる。





村長さんも前回と違って、嬉しそうで自信がみなぎっていた。




よかった!よかった!



「むにゃかじ(僕のルワンダ名)、むらこぜちゃーね(どうもありがとう」)と村人たちから言われると何だかくすぐったいけど、嬉しい。




でも、直したのは村人たち。




それが何より喜ばしいこと。




早速、来週、村人が集まって維持管理のミーティングをすることを決めた。




修理して終わりじゃない、壊れないように維持管理する仕組みを作ることが大事。




だからこそ、村人たちが集まって維持管理の話し合いをすることが大切になる。




大丈夫、上手いいく。




ちなみに、隣町でもポンプが壊れたと聞き、このポンプを直した後にすぐに出向いて直してきた。












子どもたちも水が出て大はしゃぎ!




今晩のビールは格別に美味しいぞ。

2011/10/17

村人とともに②

こんにちは。




さて、前回修理の続き。




パイプを引き上げるところまでが前回のお話。




そこから、3mほど引き上げて、折れたロッドがある位置の所をノコギリで切断。




切断面からロッドが現れた。




そこから全てのロッドを引き抜いて、パイプの切断面を再び接着剤でつなぎ合わせる。










接着剤での接合を待って、ポンプのカバーを閉じる。




これで、壊れたロッドを取り替えて再び挿入すれば、水が出る。




が、、、、、、




ん????




何分もポンプを押しても水が出て来ない!!




何度も何度も試しても。




。。。。。。




次第に村人の中に不安が募って行く。




そこで、ちょっと休憩。




近くの串焼き屋さんでお昼ご飯。




そのあと、原因を探ることに。









村のこどもたち。




もう一度、ポンプのカバーを外してみる。




ん???




パイプが落ちないようにするため1番下のパイプと上のカバーを結んでいる紐が切れてしまっていた。




嫌な予感だ。




パイプを引き上げてみると、軽い。




そう、パイプ接合部分から下が井戸の中に落ちてしまっていた。




こうなるとどうすることも出来ない。




技術者であり村長さんは、落胆。




当たり前だが、そばにいて、それが痛いほど伝わってきた。




僕も、同じだった。




心の中は、落胆と村人に申し訳ない気持ちでいっぱい。




でも、僕がその姿を表に出せば、村人にも伝わり、修理が出来ないと思わせてしまう。




それだけは、絶対にしない。




したくない。




厳しい状況で、活路を見いだし、希望を提供するのが僕の役目。




そう、思っている。



悩まない。




だから、現実を直視して、行動に移す。




直ぐに解決案を練る。




村での維持管理方法としては、イレギュラーだが、パイプを引き上げる機材を所有しているNGOにお手伝いしてもらうことを提案した。




NGOに手伝ってもらうには、部品購入よりもお金がかかる。




村長さんたちに説明する。




そして、すぐさま村長さんを中心に話し合いがもたらされて、快諾してくれた。




使用者が修理費用を出し合うことで、所有意識、管理意識がぐっと高まる。




さらに、引き上げ機材、さらに実際に引き上げる様子を目にすることで、村人自身が、彼らの知恵で、近くにあるモノで代用品を作ったりしてくれる、その機会を提供できる。




必ず村人とともに直す。








2011/10/12

ぐこめざぐせか

ぐこめざぐせか、キニヤルワンダ語で笑顔を絶やさずに。




楽しいとき、嬉しいとき、そして、辛いとき、悲しいときにも笑顔を絶やすことのないように。




魔女の宅急便、キキのお母さんが出発のときにいった言葉。




「大切なのは心よ。そして、いつも笑顔を忘れずにね。」




いやー、魔女の宅急便は名作ですね~。





とそんな今日、カメラ片手に活動中、出会った「ぐこめざぐせか」。



























































前回の続きはまた今度に!

2011/10/05

村人とともに。

前回、ある水利組合の管理するハンドポンプが壊れたと書いた。




そのポンプ修理を月曜日にした。





運転していた頃の写真。




早速、現場に向かって原因を調べてみると、ポンプ内部の部品が切断されていて、井戸内部に落ちてしまっていた。






写真真ん中にあるステンレス製のロッドがパイプ内部で繋がっている。




この繋がったロッドが水面まで達し、最下部のロッドに取り付けてある給水弁がピストン運動することで水が汲み上がる。




このロッドが途中で切断されていた。




20年以上も使い続けているハンドポンプが、ボロが出てもおかしくない時期だ。




そこで、切断したロッドを引き抜くことを決めた。当たり前か(笑)






ハンドポンプの構造は、井戸(穴)の中にパイプを挿入、更にパイプの内側にロッドを挿入して成り立っている。





これが井戸に中に挿入されているパイプ。この内側にステンレスのロッドが入っている。




そこで、ロッドを引き抜く方法は3パターン。




①特殊な機材(引っ掛けカギをつけたロッド)で切断されたロッドを引き抜く。




②パイプを全て引き抜いて、一番下のパイプからロッドを突っついて、取り出す。




③切断されたロッドが落ちているところまでパイプを引き抜いて、落ちてる箇所と同位置にあるパイプを切断して、ロッドを引き抜く。




①は、これが一番ベストな方法だけれど、ルワンダにはその機材がなく、村人が行う修理としては現実的でないのでダメ。




②は、30m以上のパイプを引き抜くと、折れ曲がって、何箇所も切断しなければならないので、予備のパイプが必要になるので難しい。





写真は、他のハンドポンプの修理場面。写真のようにパイプを湾曲させながら取り出したり、逆に挿入したりする。




これで負荷が湾曲部分にかかりすぎると、耐え切れずにパキッと折れてしまう。




今回は、切断されたロッドが上から2本目のロッドだったので、③の方法をとった。




やり方は上の写真と同じように、ただ、数mだけパイプを引き上げる。




実際にパイプを引き上げ、




さて、その結果はいかに!!




続きはこの次で

2011/10/01

どう向き合ったらいい?









放置井戸。




今年新しく設置したばかりのハンドポンプ、すでに壊れてしまって動かなくなっている。




Indian Mark 2というタイプのハンドポンプ




ある国際NGO(非政府組織)が最近、このタイプのハンドポンプを主に設置し始めた。




任地では違うタイプのハンドポンプが普及しているため、珍しく故障を直せる人はいないに等しい。




もちろん、部品も流通していない。




このタイプのハンドポンプは構造がやや複雑なため、ある程度熟練した技術者が必要になってくる。




部品もない、技術者もいない。










僕の派遣されている地域一帯では、上の写真のタイプのハンドポンプがほとんどを占めている。




最初のポンプとは違うタイプだ。




こちらは、Afridev hand pump。




現在、地域一帯のポンプのほぼ95%がこのAfridevと呼ばれるポンプ。




去年までなら、100%がAfridevタイプだった。




そのため、マニュアルで作成したのは、このAfridevの修理マニュアル、部品管理マニュアル、また、住民に対する修理などのトレーニングはこのタイプに絞ったモノだった。




だから、Indian Mark 2に対応するマニュアルはなかった。




そして、いま、地方に部品代理店を設置しようと試みている。




ビジネスプランを作成し、動き出したばかりだ。




この代理店はAfridevの部品取り扱いを想定したもの。




でも、最近の調査で、地域一帯で違うタイプのIndian Mark 2が予想以上に設置され始めてきたことを知った。




となれば、二つのタイプの部品を取り扱うのが理想だ。




そうなれば自ずと初期投資額は多くなる。




初期投資で、JICAがサポートできる金額も限定的だ。




部品取り扱い者は、Afridevタイプをよく知っている人を想定しているため、新たにIndian Mark 2の構造、部品について教える必要も出てくる。




果たして、現状で新しいタイプに対応が可能かどうか。




これからどうする??




このブログを書いている間に、ある水利用組合から既存のハンドポンプが壊れてしまったと連絡が入った。




現場は待ってはくれない。